67 暑中見舞い④
「ちょっと全然違うじゃん。」
美輝は文句を言っている。
美輝のはおじさんのキャラクターが散りばめられている葉書。
「梓葵、部活前に城谷先生のとこ問い詰めに行こ。」
私は美輝に葉書を見せたことを少し悪かったかなと思う。
美輝は城谷先生に突っかかった。
「ちょっと城谷先生、この葉書。この変なおじさん、なんなんですか。」
「面白いだろそれ。」
「梓葵にはこんな可愛い葉書で!」
「お前ら見せ合うなよ。」
「なんで違う葉書なんですか。」
城谷先生は口を少し閉ざした後こう言った。
「イメージだよ。それぞれのイメージで葉書選んだんだよ。」
「私は変なおじさんてこと?」
「ははは。面白くて元気ってことだよ。」
「私もこんなかわいい葉書がいいですよ。」
私のイメージはハイビスカスってこと?
家に帰ってから、城谷先生の葉書を大事に机の中にしまった。
66 暑中見舞い③
夏休み。
夏休みと言っても美輝も私もほとんど学校で部活がある。
夏は普段の練習よりもとびきりきつい。
暑いしのども渇く。なによりも汗が尋常ではない。
体力の消耗は著しい。
毎日会うが、部活の先輩にも顧問の先生にもそして城谷先生にも暑中見舞いを出した。
暑中見舞いへの返事が来た。
柏先生からは夏らしい、うちわと風鈴が書かれているいかにも真面目そうな葉書。
城谷先生からはハイビスカスのついた可愛い暑中見舞い。
アオイ科のハイビスカス。
城谷先生にハイビスカスの話をしただろうか。
部活の帰り美輝と先生から来た暑中見舞いの話になった。
「ねえ、梓葵、先生から暑中見舞いの返事来た?」
「うん来たよ。柏先生の暑中見舞い、真面目って感じだったよね。」
「ほんとほんと。ザ真面目。てか城谷先生の葉書みた?超ウケたんだけど。」
面白いところなんてあっただろうか。
大きなハイビスカスが描かれている葉書。
「ハイビスカスの葉書?」
「え?なんか変なキャラクターが描かれてるやつ。」
「ん?」
「え?」
次の日私たちは城谷先生からの暑中見舞いを持って来て見比べることにした。
65 暑中見舞い②
手帳を開く。
城谷先生の字。
綺麗な字とは言えない。ごつい字。
その字を見てにやける。指でなぞってみる。
変態みたい。
なにしてるんだろ。
私。
64 暑中見舞い①
美輝は文系コースに進む。
私はまだ悩んでいた。
もうすぐ夏休み。その前に進路を決める。
バレー部でもバスケ部でも先輩と顧問の先生に暑中見舞いを出さなければならない。
住所を聞きに美輝と職員室に行く。
美輝は城谷先生のもとへ、私は柏先生のもとへ。
「宮沢、英語頑張ったじゃん。なんか頑張れる理由でもあったのかな?」
唐突な質問に顔が赤く熱くなるのを感じた。
なんでこんなこと聞くのだろう。
柏先生の顔をみると、城谷先生の方を見ながら口の端をあげている。
意地悪な質問。
「そんな、ないですよ。」
うまい言葉が見つからなかった。
そこへ美輝と城谷先生が来る。
学年旅行が終わってから美輝と私は呼び捨てで呼び合う仲になった。
「梓葵、住所聞けた?」
「うん。教室戻ろっか。」
その時柏先生が美輝に言った。
「本田さんは担任の私には暑中見舞いくれないのかしら?」
「えっ。じゃあ書きます。住所教えてください。」
「冗談よ。じゃあってなによ。」
そう言いつつも美輝は柏先生に住所を書いてもらっていた。
「宮沢さんは俺には暑中見舞いくれないの?」
「え?」
城谷先生は私の眼を見てそう言う。
「書いていいんですか?」
「書いていいもなにも。」
「じゃあ教えてください。」
「はいよ。変なもん送ってくんなよ。まあ本田と違ってそんなもん送らないか。」
ははと城谷先生は笑いながらペンを滑らせる。
美輝と職員室を出た。
一日中足が軽かった。
63 面談④
もうすぐ進路届けを出さなくてはならない。なぜ頑張れたのか。
私は英語は嫌い。
嫌いだったのかも。でも嫌いではなかったのかも。
きちんとやったことがなかっただけ。 そう。
どうしてきちんとやろうと思ったんだろう。
先生の教え方わかりやすかった。
英語が好きなのか。
そう、好きになったんだ。
なにが好きなの?
英語。
本当に英語が好きなの?
私が好きなのは数学。数学のはず。
虹を描くように数式を解く。
本当に数学が虹なの?
私が本当に好きなのは なに?
62 面談③
その日英語の教科書を家で開いた。
久しぶりに。
まっさらな教科書。書き込みも何もない。
授業中に寝ているわけでもないのに。
次の日から私は城谷先生に質問攻撃をし始めた。
分からないことを基礎の基礎から。
どんなに馬鹿げた質問でも城谷先生は答えてくれた。
質問だけではない。
部活の話、委員会の話、先生の学生時代の話、趣味の話、昨日見たテレビの話。
一学期の期末テストで私は前回からは想像もつかない得点を取れた。
そして同時に進路に悩み始めた。
61 面談②
「なんでか聞きたい?」
「聞きたいって言うか。まあ、そうですね。」
「なんだよ、それ。長くなるけどちゃんと聞けよ。俺さ、宮沢さんと同じ歳の頃理工に行きたかったんだよ。特に理由はなかったんだけど。それと実は英語が大の苦手だったんだ。」
「え、そうなんですか。私と一緒じゃないですか。」
「そうだな。まあ実は宮沢さんよりも点数は悪かった。笑えるよな。それでいま英語の教師やってんだぜ。」
「笑えるなんてそんなことないですよ。」
「そうか。俺毎日適当にだらだら生きてたんだ。部活はしっかりやってたけど、それ以外に目標もなくて。でもさその時の俺の英語の先生がすごくいい先生だったんだ。一言じゃ表せないけど。英語で名言ばっか言う先生でさ。英語の成績が最下位の俺に、分厚い洋書渡してきてさ、『これを読め。』なんて言うの。」
「うわ、鬼だ。」
「だろ?俺もそう思ったよ。それで会うたびに俺に言うんだ。『あの洋書はもう読み終わったのか。』って。なんなんだよって思ったけど、あまりにも言われるからちょっと読んでみたわけ。そこから英語にハマったわけよ。」
「なんでですか。」
「なんでだろな。」
「ちょっと、それ答えになってませんよ。」
「はは。まあそうな。でもこれだけは覚えておけよ、宮沢さん。俺は味方だ。絶対に力になる。いつでも質問してこい。遠慮はなしだ。宮沢さんの英語叩き直してやる。」
「先生も鬼ですね。」
「俺は優しい方の鬼だよ。宮沢さん教室戻るのか。一緒に行こうぜ。」
そう言って城谷先生は私の肩を二回叩いた。