Reminiscence -追憶-

愛してはいけない人 愛されてはいけない人

58 犬⑩

学年旅行最終日。 主任の先生の話が終わり、昼前に栃木を出発した。 行きと同じようにサービスエリアで休憩を取り、昼食はそこで自由に食べる。 美輝と私は昼食をすぐに食べ終え、売店を見ていた。 そこには城谷先生がいた。 美輝は先生を見るや否や昨日の話…

57 犬⑨

午前三時。 美輝がソファーの上で膝を抱えながら何度も大きなあくびをしている。 私もそれにつられる。 美輝がそろそろ戻ると言う。 「戻るのか。さすがに見回りの先生いないと思うから。もう遅いから部屋戻ったらすぐ寝ろよ。腹出したまま寝るなよ。あ、ち…

56 犬⑧

「もう、先生遅い。なにやってるんですか。」 「悪い悪い。ちょうどトイレ行ってたんだよ。それにしてもそんなに強くドア叩くなよ。見回りの先生来ちゃうだろ。」 「先生が早く開けてくれないから悪いんですよ。」 美輝が不満をたれる。 先生の部屋にお菓子…

55 犬⑦

城谷先生の部屋の前。 美輝がノックする。 先生は出て来ない。 もう一度ノックする。見回りの先生の足音が聞こえてきた。 どうしよう。 ドンドンドン。強くドアを叩く。 「ちょっと、見回り来ちゃうよ。」 小声で美輝に言う。 ガチャ。 美輝と私は先生の部屋…

54 犬⑥

城谷先生は部活の怪我した先輩に問題がないとわかり、学年旅行に合流できたのだそうだ。 その場では時間がなくあまり話すことができなかった。 夜。消灯時間を過ぎた。 今晩は私たちが美輝たちのグループに行くことになり、ゾロゾロと見つからないように廊下…

53 犬⑤

まるちゃんと写真を撮り、返却しに行く。 スタッフのお姉さんは楽しめましたかと満面の笑みで尋ねてくる。 私は苦笑い。 その後アスレチックに移動し、他の友達と合流した。 高校一年生にもなってアスレチックかとみんなで笑ったが、なんだかんだ言って楽し…

52 犬④

学年旅行二日目。 昨日の夜、美輝と私たちのグループは一緒にりんどう湖ファミリー牧場に行くことに決めた。 それぞれ自由に行動し、二時間後に牧場の出口で集合する。 美輝と私は予定通り犬のレンタルに向かう。 五匹の犬がおり、好きな犬種を選べる。 私た…

51 犬③

予定より早く栃木に到着。日光東照宮、足尾銅山を訪れ、学年旅行一日目は終わった。 急遽変更したホテルは予想以上に綺麗であり、皆眼を輝かせている。 夜は眠れそうもない。 就寝時刻になり、柏先生が見回りに来た。 「ほら、もう電気消して早く寝なさいよ…

50 犬②

サービスエリアで美輝のグループと合流してソフトクリームを食べることにした。 こういう所で食べるソフトクリームは格別。 半分ほど食べ進めた所で美輝がふとこう言った。 「そういえば城山先生来れないんだって。残念。」 一昨日、バスケ部の練習でけが人…

49 犬①

いよいよ栃木に出発する。 なんの湿り気もない空気。きれいに輝く空。 心も晴れ晴れする。 栃木まではバスで移動する。私たちのグループは前側に座ることになっている。 柏先生の真後ろだ。 心なしか緊張する。 そう思ったのもつかの間。 柏先生としりとりが…

48 学年旅行⑥

今日の部活はゲーム中心。 はじめは良かったもの、ミスを連発してしまう。 そのとき柏先生が叫んだ。 「宮沢!来なさい。」 「はい。」 うつむきながら柏先生の元へ走る。 不調の元を聞かれる。 私はわからないと答えてしまう。 すると柏先生は諭すようにこ…

47 学年旅行⑤

部活が始まるので体育館に急ぐ。 「ほんと城谷先生って面白いよね。」 「そうだね。」 素っ気なく答えてしまう。 美輝はお構いなしに続ける。 「梓葵ちゃんがりんどう湖ファミリー牧場の方行くなら私たちのグループもそっちの方に行こうかな。」 「いいね。…

46 学年旅行④

「りんどう湖ファミリー牧場か。楽しいぞ。宮沢さん犬好きか?」 「はい。まあまあです。」 「あそこ、犬のレンタルができて散歩させられるんだよ。かわいいぞ。」 筋肉質でガタイのいい城谷先生からは想像のつかない発言。 反応に困る。 「先生は犬好きなん…

45 学年旅行③

「遠慮しとくわ。俺の趣味と思われたら困るし。」 「どう言う意味ですか。」 美輝は口を尖らせる。 「はは。ところで、自由行動どこ行くか決めたのか?」 「まだですよ。梓葵ちゃんのグループは決めた?」 「うん。那須ハイランドパークとりんどう湖ファミリ…

44 学年旅行②

委員会で話して以来、美輝と城谷先生と私の三人でよく話すようになった。 数学の宿題を提出しに職員室へ行くと、城谷先生はパソコンに向かって苦い顔をしている。 猫背。 パソコンとにらめっこ。 私たちが近くを通ると眉間にしわをよせたままこちらを一瞥す…

43 学年旅行①

学年旅行のための学年全体集会。 重要な連絡があるとのこと。緊急の全体集会。 栃木県にある学校の宿泊施設に泊まることになっていた。しかし老朽により改修工事の必要があるためそこには泊まれなくなった。 栃木県内のホテルに宿泊することになったのだ。 …

42 名前⑨

いい名前。 いい名前とはなんだろう。 私は私の名前が嫌いだ。 嫌いだった? しき。なんだか堅苦しいし‘死期’を連想する。 梓は落葉してしまうし、ハイビスカスも散ってしまう。 それでもたった一回。たった一回言われただけで。 自分が名前につけていた価値…

41 名前⑧

「そうです。ゆず先生だと思ってました。すみません。」 謝るしかない。 完全に悪い印象。高校入学したばかりだというのに。 「いや謝んなくていいよ。わかんないよね。何度女に間違えられたことか。ただ教員紹介はちゃんと聞いとけよな。」 笑っている。怒…

40 名前⑦

そもそも城谷先生は私のことを覚えていたのか。 私の名字が宮沢ということも。 この前美輝が先生に私を紹介したことも。 そして私の名前が梓葵ということも。 「それに城谷先生のこと女だと思ってたもんね。」 美輝はにやりと私を見る。 「そうなのか。じゃ…

39 名前⑥

城谷先生は続ける。 バスケは高校から始めたこと。大学ではサークルでバスケを続けたこと。 そしてバスケの奥深さ。 思わず聞き入った。 「先生暑苦しい。熱血っぽい。」 美輝がツッコミを入れる。 「悪かったな。熱血で。本田も三年後には熱血女子高生にし…

38 名前⑤

「ハサミ貸して。俺こういうの結構得意なんだよ。」 城谷先生も手伝い始める。 無駄に白い歯。 「宮沢さんてさ、何か部活入ってるの?」 急に話しかけられたので、紙を切りすぎた。 「あ。はい。バレー部に。」 「そうなんだ。俺中学の時バレー部だったんだ…

37 名前④

月曜日。四月に入りもう三回目の月曜日が来る。 委員会装飾係の集まり。クラスごとに装飾のデザインテーマを決め、ミニ模型を作る。そしてプレゼン。 こういう作業は苦手。 センスのかけらもない。 一方美輝は得意なよう。 美輝がデザインを考え私がそれを再…

36 名前③

梓葵。 しき。 梓は樹木。まっすぐ伸びる落葉高木。 梓からは弓も作られる。強い樹。 葵。アオイ科にハイビスカスがある。 母はハイビスカスが好きだ。初めて見たときから一目惚れをしたという。 梓弓のように強くしなやかに。 ハイビスカスのようにかわいら…

35 名前②

「Well... 宮沢さん。下の名前なんて読むの。」 ついに指される。呼ばれたくない。 下の名前。 宮沢さんのままでいい。 「先生、しきですよ。」 美輝が答えた。 「しき?ああ、ありがとう。」 何事もなかったかのように授業は進む。 波打つのは私の中でだけ。…

34 名前①

英語の授業は日本語ではなく終始英語で行われる。 そのためか、あるいは城谷先生の方針か。 私たちは名前で呼ばれ、予習してきた内容を答える。 私は私の名前が嫌いだ。 梓葵。 誰も読むことができない。 テストでも名前を書くのに時間がかかる。 どうしてみ…

33 顧問⑥

「先生。宮沢さんも同じ装飾係ですよ。1-Cで同じクラス。」 私の方を向いた美輝の顔は太陽の光で眩しい。 「よろしくお願いします。」 「おう、よろしく。」 城谷先生は白い歯を見せ、美輝の方に向き直る。 鐘がなる。いつもより身体に響く。重い音。 授業の…

32 顧問⑤

廊下にも強い光が差し込む。 久しぶりの晴天。 「本田!」 美輝を呼ぶ声。 振り向くと城谷先生が歯を出して笑っている。 白い歯。 光が眩しい。 「城谷先生。どうしたんですか?」 「どうしたもこうしたもこれから本田のクラスの授業ですよ。予習はバッチリ…

31 顧問④

委員会。 昼休みにご飯を食べながらそれぞれがつく係を決めて行く。 私と美輝は装飾係になった。装飾係は全部で十六人。 皆思うこと。 球技大会に装飾が必要なのか。 装飾係チーフが答える。 校内を球技大会に関するもので飾り付ける。派手でいいだろうと。 …

30 顧問③

前髪が戻った。 入学して二週間。戻るまでに時間がかかったものだ。 今日は快晴。駅まで行く足が軽い。 朝練。爽快にランニング。 バレーのための練習は全て楽しい。苦しさより楽しさが勝る。 綺麗なトラックのライン。 汗を拭い真っ青な空を見つめる。 にほ…

29 顧問②

結局入部した一年生は四人。 そのうちの二人は同じ中学出身。 千夏と春香。 バレー経験者は千夏と私。 先輩と合わせて部員は十二人。少ない。 それでもこのメンバーでやっていく。 勝てるチームになりたい。 もっと上手くなろう。中学最後の試合のようなミス…